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1994年 4月29日

イモラの歯車が狂い始めた金曜日。
いや、歯車は開幕前から狂っていたのかもしれないし、その後もかみ合うことはなかったのだろう。

開幕前のテストでJ.J.レート(ベネトン)が負傷し、イモラで復帰するまでヨス・ヴァースタッペンが代役出場。

そのヴァースタッペンはインテルラゴスの開幕戦で宙を舞う。
バックストレートでエディ・アーバイン(ジョーダン)をパスしようとインに入ったとき、ジョーダンのドライバーがブロックもかねて前を走るエリック・ベルナールのリジェをパスすべくインにラインを変えた。ヴァースタッペン、ジョーダンのタイヤに乗り上げ空へ。ベネトンの左後輪がさらに前を走っていたマーティン・ブランドルマクラーレン)の頭部を打つ。一挙に4台がリタイアした。これだけの規模の事故にもかかわらず全員無事。
このレース、セナはリタイア。ローランド・ラッツェンバーガー(シムテック)は予選通過ならず。

第2戦を前にしたテストで、ジャン・アレジフェラーリ)負傷。岡山・英田町でのレースにはテストドライバーのニコラ・ラリーニ。
そして、スタート直後の1コーナー、ミカ・ハッキネンに追突されコースアウトしたセナに、ラリーニはぶつかってしまう。
ブラジルで多重クラッシュの原因とされたアーバインが出場停止処分*1鈴木亜久里がジョーダンのステアリングを握るも、リタイア。
腰を痛めながら出走した片山右京もリタイア。
このレース、初めて予選通過し、晴れてデビューと相成ったラッツェンバーガーが見事に完走。

そしてイモラ。
ジョーダンのルーベンス・バリチェロが、最終のシケイン(一つ目)で縁石をジャンプ台にしてタイヤバリアを越え、鉄製のフェンスに激突、マシンは逆さまになるという、信じられない事故。
バリチェロは病院に運ばれた。
鼻骨骨折などに見舞われるも、生命に異常はなく。

時間は、急速に二つの悲劇へと進んでいく。
「嬉しいとき楽しいとき、時間は早く進む。辛いとき悲しいとき、時間は長く感じる」
というが。このときばかりは時間の流れが速すぎた。

いろいろなことがありすぎた1994年。

いろいろと思い出してしまっただけなんだけど・・・

*1:罰金+1レースの出場停止だったものが、抗議の結果罰金なしで3レースの出場停止になったとか

呼ばれて出てきて倒されて