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サンマリノGP後の1994年シーズン

5月5日

アイルトン・セナ国葬。

モナコGP

カール・ヴェンドリンガーが木曜日のフリー走行中、ヌーヴェル・シケインで事故。
一時意識不明の重体に。
バリチェロ、アレジ復帰。
レース前にイモラサーキットとセナの顔写真をブラジル国旗風にデザインした旗を持ち黙祷。
コース周辺のあらゆる箇所にそのような旗が掲げられる。
オーストリア国旗はなし。
ポールはセナに、セカンドグリッドはラッツェンバーガーに捧げられ、3番手のグリッドから隊列。
レースはほぼ順調に進み、マイケル4連勝。

急激なレギュレーション変更。

スペインGP前テスト

ラミーが大事故。

スペインGP

急造のタイヤバリアシケイン
ラッツェンバーガーの後任として抜擢されたアンドレア・モンテルミーニが足を折る事故。
マイケルが5速に固定されたギアでしぶとく走り抜いて2位。
デイモン・ヒル優勝でウィリアムズ1994年初優勝。
マーク・ブランデルが3位に入りヤマハエンジン初表彰台。

その後

シーズン中の様々なゴタゴタを経て、マイケルが初の年間王者に。
チャンピオンシップもクラッシュで決着という、シーズンを通じて納得できないことだらけの1994年シーズンは幕を閉じる。

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呼ばれて出てきて倒されて